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上飯山満を訪ねる [地域を知る]

12月30日(水) 曇

先日の日曜日、「船橋の地名を歩く会」に久しぶりに参加した。
『船橋地名研究会』の会員になって約6年、当初の歩く会の参加者は20名前後だった。
今回は約50名。このところ参加者が増えているとのこと。

コースは「上飯山満(カミハサマ)を訪ねる」 約3.3km 50分コース
飯山満駅集合→東葉門→ゆるぎ地蔵→薬師堂→東福寺→大宮神社→光明寺→王子神社→倶梨伽羅不動
旧薬草園北側の土手跡→薬園台駅解散
「はさま」は通常「挟間」と表記されている。「飯山満」はほかになく珍しい地名といわれる。
飯(ン)、山(ン)、満(ン)の頭をとったともいう。

駅に集合する
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東葉門(国登録有形文化財)
飯山満の大地主、近藤四郎左衛門家の長屋門。間口11間奥行2間半。明治中頃建立。
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ゆるぎ地蔵(市指定文化財)
根元が浮き上がった大きな松があった。少しの風で揺らいだので「ゆるぎ松」と呼ばれていた。
枯れたのを惜しみ享保8年(1723年)、木食観信に頼み地蔵を造ってもらったといわれている。
高さ1m72cm、一本の松の木で造られている
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光明寺
市の有形文化財の板碑(康永4年:1345年、文安6年:1449年)がある。
私が興味をもったのが仁王様の姿、ウエストが引き締まっている。
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来年もしっかり歩きたい。

中山競馬場へ [雑感]

12月21日(月) 曇

昨日、中山競馬場のゲストルームに招待され5時間を楽しんだ仲間14人。至福の時間を満喫した。
年1回の馬券の購入である。 まぐれで当たる事もあるからおもしろい。 会話、飲食がすすむ。

観客

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ゴンドラ室とゲストルーム

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眺める

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スタート前
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走る

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午後3時45分帰路につく
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有馬記念、今年もチャレンジだ!  楽しみは続く。



3B忘年会 [市民大学の仲間]

12月19日(土) 晴

船橋市民大学「文化文芸学科」を卒業して9年目、仲間と恒例の忘年クラス会を楽しんだ。
平均年齢約76歳、27名の仲間の内23名が出席。 前向きな仲間である。

近況報告も楽しい。
 ・馬券を楽しんだ1年、結果はマイナス。でも来年も挑戦だ!
 ・「不要品購入します」のセールスマンを招く、二束三文でたたかれた。宝石が目当てと実感する。
 ・来年2月にロシア旅行です。 オフだから格安、エエコノミーの値段でビジネスで往復できるのよ。
 ・16年暮らした犬が亡くなった、覚悟はしていたが辛い日々です。 妻も落ち込んでます。
 ・俳句に熱中です。「広報ふなばし」に数回掲載されました。楽しみです、頑張ります。
                                                        等々 

小皿料理
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仲間の日本舞踊

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「このメンバー全員で、来年も忘年会ですね。」  全員の願い。

澤穂希さんの引退会見の言葉を聞く。 彼女の今後も期待したい。
 ”心と体を一致させて、トップレベルで戦うことが、だんだん難しくなった” 


アロエと千両 [園芸]

12月16日(水) 晴

4日ぶりに陽がそそぐ当地、千葉県船橋市。 師走も半ば、庭を眺める。

「アロエ」が我家の南側の一角で逞しく育ち続けている。20年余のつき合い。
朝食後、その葉を数センチ食している。整腸剤として。 今ではその量を調整できるようになった。

先月より咲きだした。

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「千両」が3年ぶりに実をつけた。感激、和んでいる。正月の飾りが増えた。

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「キンカン」も期待できそうだ。

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A邸の記録(その3) [雑感]

12月2日(水) 曇り

A邸が生まれ変わった。11月中旬に完成、売りに出された。我家の目の前のお宅の再生である。

  ”ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。・・・・・・・・。
   人の住まいは、世々を経てつきせぬ物なれど・・・・・・・・昔ありし家は稀なり。・・・・・。
   或いは大家亡びて小家となる。住む人もこれに同じ。・・・・・。”
 
昭和53年の我が家族転居時以来、親切にご指導いただいた教育者のご主人が逝ったのが2年前。
そして奥様がホームに移られ後、約60坪の敷地家屋が売りに出された。
8月上旬より解体開始、9月より新築が始まった。11中旬完成、分割され2棟となった。

現在
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更地

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元のA邸

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世の流れを目の当たりした勉強の後半の1年だった。転入者を暖かく迎えたい、A邸のご夫妻のように。